大好きな野澤一さんの詩から。

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灰を食べましたるかな
灰よ
食べてもお腹をこはしはしないかな
粉の如きものなれども
心に泌みてなつかしいものなれば
われ 灰を食べましたるかな

しびれのいほりにありて
ウパニイの火をたく時
この世の切なる思ひに
灰を舌に乗せ

やがて 

寒々と呑み下しますのなり
このいのちの淋しさを

まぎらはすこの灰は
よくあたたかきわが胃の中を
下り行くなり

しづかに古(いにしへ)の

休息(いこひ)を求め
山椒の木を薪となして
炉辺に坐れば
われに糧のありやなしや
なつかし この世の限り
この灰は
よくあたたかきわが胃をめぐり

めぐりて
くだりゆくなり

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昔しびれの湖のほとりに小屋を建て
たった一人で住んでいた
詩人のうたが
私の心に刺青みたいに焼きついた。

「ウパニイの火」ってなんなんだ。

ウパニイの語源は
古代インド哲学のウパニシャッド
(梵: उपनिषद्)
からきているらしい。

(ううインド。大好物すぎる)

言葉そのもののは
「膝を付き合わせること」

そうだよな、

仲間や家族と囲炉裏を囲み
膝を突き合わせていると
まるで心がこぼれ落ちるかように
言葉が流れてくる。

なぜ囲炉裏を前にすると
いつもは話さないようなことを
私たちは話してしまうのだろう。

どうしてこんなにもこんなにも
囲炉裏を囲む時間が

愛おしいのだろう。

木葉童子と呼ばれた
野澤さん、

あなたが愛したこの土地が
これからもずっと

素敵な場所でいられるよう

あなたが可愛がっていた
コオロギや、野の鳥たちが
これからもこの場所が

好きでいてくれるよう

あの夕暮れが毎日この地を
輝かせるよう、
そして、あなたの心を

暖めた囲炉裏の火が
この地で多くの人を

暖めてくれるよう

私は私たちの活動に

「ウパニイの火」

     と名前をつけたよ。

とてもささやかではあるが

道を綺麗にして、

森に手を入れて畑で汗を流し

美味しい野菜をいただく。

「ウパニイの火」

わたしにはこの言葉以外

選択肢はなかった。

じーちゃんばあちゃんは笑顔で何より。

 


そして
いつか村にまた子供達の明るい
     笑い声が響く時を夢見て・・・・

ウパニイの火。
呟くたびに心が震える。

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野澤さんの詩を
ホームページに載せたい!
そしてウパニイの火という言葉をどうしても使いたい!

という私の不躾な願いに快くご了承くださいました、
文治堂さま、野沢俊之さまに心より感謝申し上げます。

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ウパニイの火が
ずっと燃え続けるよう薪を焚べる。